本事例はコンサルテーションの過程で、事前聞き取り段階に挙げた課題の実質的な意味が明らかになった事例である。なお、この事例は、ホームページに公開するため、本プロジェクトでのコンサルテーション事例の本質的な性格については変えずに、諸情報を大幅に割愛・改変している。
X市立Y中学校は、生徒数が約1000名、教職員数60名を超える大規模校である。コンサルティは、学校管理職マネジメント短期研修プログラムに参加していた教頭のA先生である。赴任して数年が経っており、学校および周辺地域の事情にも通じている。
コンサルテーション室でコーディネーターが聞き取りを行ったところ、A先生はコンサルタントに相談したい学校の課題、自らの課題として、「今年度から開始予定の学校防災」を挙げた。ただ、この聞き取り段階では、その課題に関してA先生が実際にどう悩んでいるのか、悩み方が明確にならず、ここで挙げた問題が別の潜在的な課題の一端として表出しただけに過ぎない可能性が推察された。コンサルタントとしては、夏季の短期研修プログラムでも講師をしており、過去にこの学校での調査経験がある教育経営の研究者に依頼した。
初回のコンサルテーションではA先生とコンサルタント、および随行者2名による場が持たれた。コンサルタントがA先生にあらためて学校および当人の課題を尋ねると、A先生は、大規模校であることを背景とした教職員の多忙感の著しさを第一の問題として挙げた。管理職が学校をより良くしようとして提案することも、半ば『命令』のように受け止められている向きがあり、「仕事が増えるばかり」と感じ取られている印象をもっていることが懸念だと言った。そして「なんとか、一人一人が主体性をもって取り組める組織を作ることはできないだろうか」という問題意識を持っていることを話してくれた。コンサルタントは学校防災に関する議論がなされることを想定していたために、かなり面喰らったようである。
小休止をはさんで態勢を立て直したコンサルタントは、A先生に学校の置かれている状況や教職員集団の年齢層や割合、役割を担うミドル世代の教員と管理職の関係性、および若手の教職員の位置づけなどを次々に聞き取って行った。その結果として明らかになったのは、まず、今年度着任したばかりの校長が、それまでの4,5年間の校長と異なり、明確なビジョンを打ち出すスタイルの持ち主であるということだった。そして着任早々、この校長はビジョンのひとつとして、地域との連携を強めようとする方針を掲げたという。中学校では進路指導や生徒指導が日々の大きな位置を占めており、しかもそれを1000名近くの生徒たちにいきわたらせることが最優先課題となる。余裕のある小規模の中学校や、校区が狭い小学校ならばともかく、この中学校の教職員には「地域に目を向ける」ような余力はほとんど残っていないと感じられていた。そのような中で、校長の掲げた方針はあからさまに非現実に響き、「これ以上仕事が増えるのは辛い」という静かな抵抗感に繋がりつつあったようであった。A先生は「3月にやる学校での防災訓練も、地域との連携をする必要があるんだろうか、という疑念の声が上がっているんです」とぽつんとくけ加えた。
ここでようやく、事前聞き取りの際の「学校防災」の課題も、コンサルテーション開始時に聞き取った「多忙感」も、その根はひとつであることが明確になった。つまり、校長の示すビジョンを、教職員が非現実なものとして受け止め、対応しかねている状況が見えてきた。
そこでコンサルタントは少し話題を変えて、A先生に、共通の知り合いである一人の校長先生の名前を挙げた。A先生はその名前を聴くと、俄かに顔をほころばせた。そして「あの先生のもとで働いていた時は、気づいたら結構な量の仕事をやっていましたね。やらされている、という感じは全くなかった」「ビジョンを聞いているうちに、『こんな学校になったら面白いよね』という気分にさせられてしまって、うっかり働いていたって感じかな」と言う。そこでコンサルタントは、その校長先生がどのようにA先生にビジョンを話し、どのようにその方針に「巻き込んでいた」のか、その振舞いを思い出すように促した。A先生は次々と、その先生の振舞いの特徴を挙げていったが、途中でハッとして、「そうか、私が、今の校長のビジョンにみんなが『乗れる』ように、巻き込んでいけばいいんですね」と何かに気づいた様子を示した。コンサルタントはさらに、「『地域との連携』というビジョンを、中学校自体、あるいは教職員が地域と繋がることとしてではなく、あくまで教員は黒子に徹して『中学生たちがひとりひとり地域に根付くことを促進すること』と考えたらどうでしょうか」と提案する。すると、A先生はこの枠組みの捉え直しの中でならば、「地域との連携」を視野に入れた防災訓練の在り方を検討できるかもしれない、と言い、「まずは防災訓練の在り方をアレンジし直すことに、教職員の手を借りてみます」と今後の見通しを話してくれた。その後、コンサルタントが「教職員の手の借り方」についての留意点をいくつか示してこの回のコンサルテーションは終了した。
この事例では、コンサルティが直接訴えた課題が、必ずしも本質的な課題ではないために、事前の聞き取りと当日の訴えが大きく異なっていった様子が窺える。より根本的で潜在的な課題は、校長が示すビジョンが当該の中学校の中では、ことさら非現実的に感じられることにあった。コンサルティは、その「問題点」に直接踏み込むことはせずに、この課題に対するA先生のポジションと役割が、自然とA先生自身に見えてくるように対話を進めていった。そして、示されたビジョンの捉え直しを積極的に行ってみせた。それによって、A先生が実際に、示されたビジョンと教職員の間を調整する役割を自律的に取れるように促したものと理解できる。