森山市は、温暖で自然豊かな人口約60万人の都市である。これまで、水害や台風の自然災害に見舞われることもあり、市民一人一人の水防に対する意識は高い。しかし、大地震を想定した対応については、ほとんどの市民がシミュレーションをすることなく生活してきた。大きな災害が起こったときの「避難場所・避難所運営マニュアル」は市が作成し、各学校にも配付済みである。そのマニュアルでは、「避難所の開設については学校、運営については行政が行うが、学校も協力を行う」との明記がある。これまで、学校に多くの避難者が押し寄せるといった経験はほとんどなく、このマニュアルを各学校の教職員が読むこともなかった。また学校では、学校避難所のレイアウトを含めたマニュアルを作成しているものの、教職員同士で確認し、共通理解を図ることもほぼなかった。森山市の学校数は、小学校80校、中学校37校であり、防災倉庫も各学校に設置してあるが、その中のもの、数について十分に把握していない学校が多かった。
森山市立山空小学校は1年生が4クラス、2~6年生は3学級、特別支援学級4学級、全校児童587人の中規模の小学校である。職員数は42人、男性職員が4割を占め、平均年齢は45歳の職員構成である。学校では、火災・地震を想定した避難訓練を年に3回、水防避難訓練を年1回行っている。水防避難訓練では、保護者・自治会にも協力を得て、集団下校を行っている。これまで台風が接近したときに体育館を避難所として開設したことはあるが、学校職員が対応することはほとんどなかった。
5月14日(土)午後10時20分、森山市で震度6強の大きな地震が起こった。この危機的な状況に山空小学校の教務主任である木村教諭はすぐに学校に向かうことにした。木村教諭は山空小学校2年目であり、教務主任は今年度から初めて担当する。そのため、教務主任としての経験は浅く、職員にどのような声かけをし、学校運営に結びつけるとよいのか悩んでいた。地域の方々とは会話をする機会が多くなったものの、深い信頼関係を構築しているとは言えない。木村教諭の自宅は学校から歩いて5分の所にあるため、校長から「何かあったときにはすぐに駆けつけてほしい」と言われていた。余震が続く中、10時40分に木村教諭は急いで山空小学校に向かった。学校には、すでに350人くらいの方が運動場に避難し、車も50台ほど駐車していた。
校長は、学校から車で約1時間の所に自宅があるため、もちろん到着していなかったし、教頭の姿もなかった。
このような災害に見舞われたのは、もちろん木村教諭も初めてであった。木村教諭は、校舎の中に入った。職員室の状況を確認すると、電気、水道、ガス等のライフラインは使えなかった。懐中電灯の光をたよりに確認すると棚が倒れ、中の物は散乱し、手が付けられない状態になっていた。
10時50分、早急に現在の学校の様子を教頭に連絡しなければと思い、携帯に電話をかけた。しかし、電話に出られなかったので、校長に連絡した。すると校長から次の言葉が聞かれた。
校 長:「 そちらに向かいたい思いでいっぱいなのですが、先生もご存知のとおり今日は、県外出張に出ております。おそらく明日には学校に来られると思います。教頭先生にもそのことは伝えています。教頭先生は、今、学校に向かっているとのことですから、安心してください」
木村教諭:「 校長先生、こちらは今、すでに350人ほどの避難者が学校に来ています。車も50台ほど駐車しており、運動場は人・車でいっぱいの状態です。教頭先生が来られるということで少し安心しましたが、私一人ではとても対応できない状態です」
校 長:「 木村先生、とても大変なのはわかりますが、今、その場にいるのは木村先生なんだから、何とかがんばってください」
木村教諭:「 わかりました。どうにかしたいと思います」
電話が終わり、木村教諭は運動場で車の誘導を行うために移動していると、避難されている多くの人から悲痛な声が聞こえてきた。
避 難 者:「 先生、運動場はこのあと車と人で混雑し、とても危ない状態になると思います。また数時間後に雨が降るという予報が出ています。体育館は開けてくださらないのですか。」
木村教諭:「 わかりました。安全確認をしてからでないと、開放することはできませんので、しばらくお持ちください」
避 難 者:「 早くしてもらいたいのですが…」
この会話の後、教頭が緊迫した面持ちで午後11時25分に学校に到着した。避難者はどんどん増え、700人ほどになっていた。
教 頭:「 予想よりも多くの人が避難されていますね。おそらく、まだ避難者は増えるでしょう。車で避難をされている方もおられ、運動場がとても混雑しています。人と車の整理をしないと、事故が起きる可能性も出てくるでしょう。他の職員は、学校に来ていますか」
木村教諭:「 いえ、私一人です」
教 頭:「 そうですか。では、運動場の誘導は、どなたかに頼むことにしましょう。木村先生、体育館や教室等の確認はできましたか」
木村教諭:「 職員室には入りましたが、中は悲惨な状態です。電気、ガス、水道のライフラインは使えない状態でした」
教 頭:「 そうですか。では、私は職員室にいます。様々なところから電話がかかってきたり、要望がきたりするでしょうから。また、職員の安否確認も行います。木村先生は、体育館の安全確認を行い、確認ができたら避難されている方を誘導してください」
木村教諭:「 はい、わかりました」
体育館の安全が確認できたのは、午後11時50分だった。その頃、山空小学校の職員である鈴木先生(女性・30歳)と小田先生(男性・初任者26歳)が体育館に到着した。2人は運動場や体育館で避難者の誘導を始めた。
木村教諭:「 鈴木先生、小田先生。この状態だと避難者全員が体育館には入れそうにないですね」
小田教諭:「 校舎内の様子はどうでしたか」
木村教諭:「 まだ職員室の状態しか見ることができませんでした」
鈴木教諭:「 では私たちは2人で、校舎内の様子を確認します。安全が確認できたら教頭先生に報告し、避難者を誘導します」
木村教諭:「お願いします」
5月15日(日)午前0時50分。避難者の屋内への誘導がなんとか終わり、4人は職員室に集合した。
その時、教頭は次のことを話した。
教 頭:「 先生方もおわかりのようにこの地震による被害はとても大きく、長期にわたるものです。避難所となっている学校数が多く、山空小学校に森山市の職員をすぐに配置することができないそうで、その間は教職員で避難所運営をお願いしたいということでした」
話をしている間にも、電話がかかり、教頭がその度に応対した。
教 頭:「 今、森山市からの電話でした。このように市との連絡調整、また、支援物資提供の連絡等、さまざまな電話応対がこれからもっと多くなることが予想されます。今、校長先生はここにはおられません。校長先生が来られるまでは私がリーダーシップをとっていかなければなりません。この危機に対応するために、早急に運営委員会の立ち上げ等も行う必要があります。そこで教職員による避難所運営について、職員の役割分担等も含め、教務主任である木村先生に骨子案を作成してもらい、市の職員が配置されるまで、リードしていただきたいと思います。もちろん私も案の作成、避難所運営に協力します。
山空小の先生方の安否確認は全員できました。明日は、ほぼ全員の先生方が学校に来られる予定です。木村先生、この状況を乗り切るためには、先生の力が必要です」
この言葉を聞いた木村教諭は、「何かしなければ」と気持ちははやるのだが、正直「何から始めればいいのか」初めての避難所運営に向け、困惑してしまった。
問1.この後、木村教諭は避難所運営に向けどのような案を作成し、教職員に働きかけるとよいのでしょうか。
問2.災害に備えて、学校はどのようなことを事前に行う必要があるでしょうか。