町立第二小学校は、農村地域にある全校児童約150名・8学級(うち特別支援学級1学級を含む。)の小規模校である。校庭にある桜の古木は地域の誇りでもあり、今年の4月も満開の桜が咲き誇る中、新入生27名を迎えることができた。
入学式の式辞で、いつものように自慢の桜について紹介し、新入生を歓迎した校長の大曲であったが、いつもとは雰囲気の少し違う1年生に何か違和感を覚えていた。しかしながら、学級担任の佐川なら、1か月もすれば今年度の子どもたちも落ち着いてくるに違いないと思っていた。
1年生の学級担任になった佐川(41歳・女性)は、子どもや保護者、教職員からも慕われる中堅教員で地域からの信頼も厚く、校長の大曲が思っていたとおり、入学式当日は、地域の方や保護者、祖父母らにも喜ばれて、例年どおりの和やかな一日となった。
入学3日目の朝、最初の事件は起こった。3年生の男子2人が慌てた様子で職員室に駆け込んできた。
登校中、1年生のA 男が金属の棒を振り回し、近くを登校中の子どもたちを次々に叩いたり突いたりしていて、さらに、逃げようとした子どもたちを追い回しているということであった。連絡を受けた教頭の山下は、職員室にいた3年生担任の岩永と一緒に現場に急行したが、A 男は逆上して山下や岩永に対しても棒を振り回し、軽いケガを負わせるような状況であった。その後、登校したA 男は落ち着かないままで、カリカリしているA 男の様子を感じ取った周りの子どもたちは、腫れ物に触るようにしながら一日を過ごした。このことを聞いた主幹教諭の小池は、翌日から、可能な限り1年生の教室に入り込み、学級担任の佐川とともに指導に当たった。
入学10日目の中休み、A 男は突然教室で暴れだした。教室の机や椅子を蹴ったり物を投げたりして、周りの子どもたちが避難する騒ぎとなった。担任の佐川と主幹教諭の小池が上手にその場を収めたものの、A 男は3校時から教室に入ることなく保健室に逃げ込んでいった。A 男の教室と保健室の行き来は、このときから始まることになった。教室で気に入らないことがあれば暴れて保健室に行き、次第に保健室で過ごす時間が増えていった。しかし、保健室でも他の子どもたちとトラブルになることがしばしばあり、保健室が他の子どもにとって安心できる場所ではなくなってきていることを養護教諭の立花は感じていた。
担任の佐川と主幹教諭の小池、養護教諭の立花は、対応策やトラブルの要因について度々話したが、決定的な解決策は見いだせないまま、6月を迎えようとしていた。
A 男は、隣町にある私立保育園から入学してきた。両親と3歳になる妹の親子4人で暮らしているが、両親は共働きで仕事が忙しく、下校時は自宅の隣に住んでいる祖父母宅に帰宅している。
A 男についての保育園からの引継ぎ事項は特になく、学校は、町立幼稚園から引継ぎのあった配慮を要する子どもたち3名への対応を考えていたので、A 男の今回のような行動は全く想定していなかった。
学級担任の佐川は、A 男の母親には電話や連絡帳を用いて細やかに連絡をとるようにした。しかし、母親が忙しくしている上、毎回、A 男の悪い点ばかりを伝えているような気がして次第に気が引けてきた。そこで、時には夜間や休日に家庭訪問をして、両親と会って心理的な距離を縮めるとともに、父親にも状況を理解してもらおうと心がけたが、父親は、「自分も子どものときは、落ち着きのない子どもだった。」「家では、おとなしくしている。先生たちがなめられているのではないか。」と言って、学校での困難な状況を理解してくれなかった。
学級担任の佐川は、特に、周りの子どもに影響するようなトラブルについては丁寧に伝えたが、相手の子どもの保護者に連絡するなどの対応もしてもらえず、A 男の家庭と周りの保護者との関係も気になり始めていた。
このような状況について、報告を受けた校長の大曲は、疲弊しつつある担任の佐川のことや小さな地
域内の子ども同士・保護者同士の人間関係を心配した。そこで、教頭と主幹教諭を呼び、「A 男の状況
を両親に理解してもらい、よりよい方向に導くための方策を検討してほしい。」と伝えた。
問1.あなたが主幹教諭だったら、今後どのように対応しますか。
※ 以降の追加資料は、【問1】の検討後に配布します。
追加資料
校長の大曲は、特別支援教育校内委員会を臨時に開催することにした。
特別支援教育校内委員会には、校長、教頭、主幹教諭、養護教諭、特別支援教育コーディネーターの高山、そして、今回は学級担任の佐川も話し合いに入った。
これまでのA男の状況について、改めて整理して報告が行われ、今後の取組として、特別支援教育コーディネーターの高山から提案があり、次の3点について確認がなされた。
① A男の状況を記録して保護者に伝えること。
・「 保健室来室シート」を作成し、来室時間、来室理由(原因)、保健室での様子などについて、
保護者に情報提供する。(養護教諭:立花)
② A男が在籍していた保育園から情報収集をすること。
・保育園時代の様子や対応、保護者の考えなどを聞き取る。(主幹教諭:小池)
③ 専門家による巡回相談を活用すること。
・ A男のよりよい学校生活のために、学校で専門家に診てもらうことを保護者に提案し、可能であれば、個別の心理検査の実施についても承諾を得る。(学級担任:佐川)
・ 専門家による心理検査の実施と保護者説明ができるように、巡回相談の連絡調整を行う。(コーディネーター:高山)
特別支援教育校内委員会の確認事項は、早速実行に移され学校が動き出した。A男の状況が直接的に変わることはなかったが、学級担任の佐川の熱心な勧めにより、巡回相談の実施について保護者が承諾し、巡回相談員として、経験豊富な臨床心理士が派遣されるようになったことは、大きな成果であった。
巡回相談当日、巡回相談員として来校した臨床心理士の斉藤は、病院勤務で臨床経験が豊富にあり、学校支援についても大変理解のあるベテランの相談員であった。斉藤は、巡回相談に至った経緯や学校の考えを聞き取るところから始めた。その上で、A男の行動観察、心理検査、学校への説明、保護者・担任との面談を進めていった。そして、保護者に対して、次のような説明を行った。
・ 全般的な知的な遅れはないこと。
・ 発想が豊かな子どもで、その点を伸ばしていくとよいこと。
・ しかしながら、得意な面と苦手な面のアンバランスさがある。特に、衝動性が強く、注意集中が難しいと思われること。
・ 今後の対応としては、①医療機関を受診すること。②少人数の学級など、落ち着いた環境の中で学習すること。などを検討してはどうか。
校長の大曲は、学校が保護者に伝えたかったことを外部の専門家にしっかり話をしていただくことができたことに大変満足していた。
巡回相談の翌日、担任の佐川は、両親が巡回相談の結果をどのように受け止め、今後のことをどのように考えているのか確認するため、早速家庭訪問を行った。
両親は、巡回相談の結果に満足していた。それは、「全般的な知的な遅れがない。発想の豊かさを伸ばせば良い。」という点に対してであり、A男が苦手な面や今後の対応について、触れられることは全くなかった。また、様々なトラブルについては、「周りが過剰に反応しすぎているのが悪い。」と思っている様子であった。
担任の佐川から家庭訪問の報告を受けた教頭の山下と主幹教諭の小池は愕然として、直ちに校長の大曲に伝えた。
ちょうどこの頃、区長の山崎が校長を訪ねて来た。
「1年生の学級が学級崩壊しているという話を聞いたが本当か。保護者や地域住民の一部が、ぎくしゃくしてきているようだが、どうなっているのか。」
校長の大曲の心配していたことが現実になりつつあった。
大曲は、教頭と主幹教諭を呼び、今後の対応について検討することにした。
問2.あなたが主幹教諭だったら、今後どのように対応しますか。
問3.このような状況は、どの学校でも起こりうることです。学校として、どのようなことを考えておくことが大切だと思われますか。